生命保険事業を日本にもたらしたのは福沢諭吉

「西洋事情」や「文明論之概略」などの著作を通し、明治維新後の日本が中華思想や儒教精神から脱却して、西洋文明をより積極的に取り込むことに力を尽くした福沢諭吉は、当時の日本にまだ馴染みがなかった選挙制度、議会制度、銀行、郵便法、徴兵制などの西洋の制度を日本に紹介した。そのなかで、西洋の保険制度を日本に紹介したのが、日本の生命保険事業の始まりとされています。1867年の初秋に発行された福沢諭吉の「西洋旅案内」は、上下二巻よりなる西洋旅のための実践的なガイドブックである。このなかで、西洋の食事のマナー、タバコのマナー、様式トイレの使い方、荷物送状、運用金相場、両替屋の事などの実践的な情報に加えて、初めてヨーロッパの近代的保険制度を紹介した。そこで、保険制度として、生涯請合(生命保険)、火災請合(火災保険)、海上請合(損害保険)の三種の災難請合について、説明している。その一節「災難請合とは、商人の組合ありて、平生無事の時に人より割合の金を取り、万が一其の人へ災難あれば組合より大金を出して其の損亡を救う仕法なり」とあり、これが元になって1881年、福澤の門下生であった人物によって日本最初の近代的生命保険会社が設立されました。